池のひみつ

 先日、本集会所本部長室で出したラグナ湖の写真と、似たような感じの写真を大型連休に撮影していたので、特に意味は無いがせっかくなので出しておきたい。
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 京都市内、北区と左京区の境界にある、「深泥池」(みどろがいけ)である(深泥池は北区側)。ご存じの方も結構多いと思うが、この深泥池、ある怪談で全国的にわりと有名なようである。検索するとぞろぞろ出てくるので、興味がおありの方は一つ二つキーワードを入れて検索してみていただきたい。
 概要としては、「近所の病院の患者が池で自殺して、その霊が家に帰ろうとしてタクシーを止めようとする」というものである。

 本部長の(寝る前にちょっと読む本の中での)愛読書の一つである「悪魔・オカルト大全科」(秋田書店・1983年)には既に、この怪談の基本となる話(=上記の概要)が取り上げられていることからすると、既に80年代前半には、この怪談の基本フォーマットが存在したことになる。その後いろいろと脚色がなされて、例えば「病院を無断で抜け出した精神病院の患者が……」などのディテールが付け加わった、と。

 ちなみに以前、知り合いの地元民(現在40代前半の女性)に、深泥池に関する怖い話について訊いてみたところ、「真夜中に深泥池で笛を吹くと、幽霊が現れる」という噂が、子供の頃すなわち80年代くらいにはあったとのことである。病院も何も関係ない、実にシンプルな話である。むしろ伝統的というか、こちらの方が歴史が古そうな印象を受ける。しかしただ単に、恐らく「真夜中の深泥池は暗くて不気味」というイメージだけから、当時の子供らの間で自然発生的に出てきた話である可能性も大いにあるだろう。
 その話を聞いた時に思ったのは「やはり使うべき笛は、学校で使うリコーダーとかホイッスルとかではなく、雅な和楽器の横笛なのだろうな……」ということであった。別に実際試す気はないが、やはりそれなりの「形」というものが、この種の話では恐らく必要だろうと思われる(そしてこれが余計な「脚色」に繋がる、と)。幽霊のディテールについてはちょっと記憶が定かではないが、白い着物とか、これまたいかにもスタンダードなものだったような気がする。

 このように深泥池には怖い話が流布されているわけだが、この近辺を朝昼晩(もちろん深夜も含む)と、わりと頻繁に通る本部長からすると、その種の怖いものは一切、無い。多少、周辺地域より暗い場所があるだけである。
 むしろ現実的な意味で怖いのは、深泥池を右に見ながら北に向かって進み、池本体が湿地に変わって道が上り坂になってきたあたりで、歩道がなくなってしまううえに道(車道)自体が大変狭くて曲がりくねったものになる、という状況である。つまり「交通事故の危険」という意味で、怖い。途中にある病院の横を通り過ぎて、バス停付近まで進むと道幅に余裕ができるので、かなり安心できるのだが……。
 坂道の途中にあるこの病院は、深泥池の北側に広がる湿地状の領域に面しており、深泥池を見下ろす位置にある。直線距離という点では、ここが深泥池の水面部に最も近いというわけではなさそうである(湿地帯込みだともちろん最も近い)。ここが件の怪談と直接結び付けられているのかどうかは不明だが、明言はされずともそうなっている可能性はまことに残念ながらあるだろう。しかし、この怪談を面白がったり怖がったりしているのは、他地域の人々だけの様子なので、病院の評判および経営には、何ら影響を与えていないと思われる。まあ当然であるが。

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 そしてもう一点の恐怖因子は、「野生動物不意の出現」である。多くの場合は鹿と思われるが、恐らく猿なども出て来る場合があると思われる。上の写真は、実際にこの付近で遭遇した鹿である(2009年10月撮影)。これらが突然、林の中から現れれば、夜中はもちろん昼でもびっくりである。車を運転している人ならば、なおさらの恐怖であろう。

 まあ個人的には幽霊よりも、UFOが密かに湿地帯に着陸して、邪悪な宇宙生命体が付近の住民たちの脳に寄生して乗っ取ったりしている方が、数段恐ろしい話である。
(付近住民の皆様、変な想像すみません)